能登半島地震からまもなく1年。復興への道のりはまだ始まったばかりですが、若い世代の情熱と創意工夫が能登の未来を明るく照らしています。国立科学博物館巡回展のクロージングイベントで、海と能登への愛にあふれた大学生たちが、自身の研究や活動を熱く語りました。彼らの言葉に、能登の里海が秘める無限の可能性が垣間見えます。
石川県七尾市のと里山里海ミュージアムで開催された国立科学博物館巡回展「キモかわすごい!海の骨なしどうぶつの世界」。10月12日から11月10日まで、ナマコやウニ、クラゲなど、日本の海に生息する「海の骨なしどうぶつ」の多様な姿や生態、人との関わりを紹介しました。
展示の締めくくりとして行われたクロージングイベントでは、「生物の多様性と能登の復興~大学生から見た里海の魅力~」をテーマに、スペシャルトーク&ディスカッションが開催されました。5人の大学生・大学院生が、自身の活動や研究内容をプレゼンテーション。能登への愛、海への情熱、生き物への興味を語りながら、能登の未来を考える貴重な機会となりました。
金沢市出身の杉林拓望さん(東京海洋大学2年)は、幼少期から魚と能登の海を愛する「能登ラブ」な大学生です。水産業や海業による地域発展を目指し、大学で水産業全般を学んでいます。「これまでは観光客としてしか行ったことがなかった能登でしたが、能登半島地震をきっかけに能登のために何かしたいという気持ちが強くなりました」と杉林さん。
その思いを形にしたのが、大学の文化祭での能登半島応援ブース出展でした。「5月に被災地に入り、被災者の方々のお話を直接伺いました。その経験から、能登で作られる水産加工物を販売し、能登の美味しさや魅力を首都圏の人に知ってもらいたいと考えたんです」学園祭では、輪島朝市から直接仕入れた一夜干しと、地元鮮魚店からのメガラスを調理して販売。「大盛況で利益も出せましたが、一方で学園祭は単発イベントです。水産加工会社にとっては一時的な収入にしかなりません」と、杉林さんは課題を分析します。
この経験を踏まえ、杉林さんは次のステップを見据えています。「今後は、各地で開催されるフリーマーケットや露店で能登の商品を売る団体として成長させたいんです。継続的な販路を確保することで、能登の水産業を支援していきたいと考えています」
さらに、杉林さんは観光と教育を結びつけた新しいアイデアも提案しています。「東京の人に能登を知ってもらう第2段階として、能登に来てもらう取り組みに挑戦したいんです。能登には空港もあるので、実は遠いようで近い。美しい海という観光資源もあります。さらに海洋教育に携わる人も多い。これらを活かして、東京の子供たちが能登で海体験できるツアーを作ってみたいんです」
長野県出身の中沢椛さん(金沢大学1年)は、「海なし県から海に来た!ウミケムシの生態調査」と題して発表しました。高校の海洋教育実習で初めて能登を訪れた中沢さんは、そこでウミケムシと運命的な出会いを果たします。「みんなは気持ち悪いと言ったけど、私は『なんてかわいいんだろう』と思い、興味を持ちました」と中沢さん。環形動物でミミズの仲間であるウミケムシに魅了された彼女は、その生態を徹底的に調べることを決意しました。
しかし、ウミケムシに関する先行研究はほとんどありませんでした。「誰も調べていないなら、私が調べよう」と探究心に火がついた中沢さんは、独自の研究方法を考案しました。
「まず、3匹のウミケムシと一緒に暮らす『飼育』を始めました。次に、行動原理を知るための『解剖』に挑戦。さらに、餌を見分ける条件を探る『認知能力実験』も行いました」と、中沢さんは熱心に語ります。
現在金沢大学1年生の彼女は、来年からより高度な研究に取り組む予定です。「どう成長し、いつ毒を持ち、どのように繁殖するのか。これらの疑問を解明し、ウミケムシの特性解明につながる研究をしたいんです」と、目を輝かせます。
中沢さんは最後にこう締めくくりました。「私は海なし県で育ちましたが、高校の探究学習をきっかけに海を知りました。そのことで、夢が広がり、学びの選択肢が増え、好きなものが増えました。海には無限の可能性があるんです」
一方、埼玉県出身の若松綾さん(東京海洋大学2年)は、海洋高校の魅力を広く伝える活動に取り組みたいと考えています。新潟県の海洋高校を経て現在の大学に進学した若松さんは、「海洋高校ってどんな場所?」と多くの人が知らないことに気づきました。
「全国に46校ある海洋高校の実態があまり知られていないんです。私の高校生活では、海と森のつながりを学ぶため森林保全活動を行ったり、古くなったビン玉をインスタグラムを使ってインテリアとして販売したりしました。こうした海洋高校の魅力をもっと多くの人に知ってほしいんです」と若松さんは熱く語ります。
そこで若松さんは、具体的な行動計画を立てています。「まず、海洋高校の活動事例を調査。次に、海洋高校同士のつながりを作るためのネットワーク構築に取り組みます。最終的には、全国の水産高校が一堂に会する『水産高校サミット』の開催を目指しています」
若松さんは、海洋教育の重要性をこう強調します。「海洋高校では、座学だけでなく実践的な学びができます。これは、将来の水産業や海洋環境保護を担う人材育成に不可欠です。私たちの活動を通じて、より多くの若者が海に興味を持ち、海洋教育の素晴らしさを知ってもらえればと思います」
このトークセッションを企画したコーディネーターの浦田慎さん(能登里海教育研究所主幹研究員)は、「能登の復興は、次世代を担う若者のアイデアや行動力がカギとなる。具体的な大学生の活動をたくさんの人に知ってほしい。そして、能登の未来を作っていってほしい」と、若い世代への期待を語りました。
海の不思議な生き物への探究心、地域への深い愛着、そして行動力。これらを兼ね備えた若者たちの姿に、能登の里海が秘める無限の可能性が見えてきます。中沢さんのウミケムシ研究、杉林さんの能登産品販売プロジェクト、若松さんの海洋教育普及活動。それぞれのアプローチは異なりますが、海への情熱と地域貢献への思いは共通しています。
彼らの情熱と創意工夫が、震災からの復興を超えて、能登の新たな未来を切り開いていくことでしょう。海と人との共生、そして地域の持続可能な発展。若い世代の挑戦が、能登の里海に新たな物語を紡ぎ出そうとしています。