「塩丸いか」(塩いか)は、イカの内臓を取って皮をむき、茹でて塩漬けにした塩蔵食品です。江戸時代中期ころから海沿いのまちで作られ、「塩の道」を通り、塩そのものと一緒に内陸へ運ばれてきたと伝えられています。冷蔵や冷凍の技術がなかった昔、海なし県の長野では海産物がとても貴重な食べ物でした。保存性が高く、味も良い塩丸いか(塩いか)は長野県中部地域、南部地域を中心に定着。流通網が発達し、新鮮な魚介類が手に入るようになった今でも、一般家庭で用いられる食材として広く愛されています。
■ポイントは塩抜き加減
調理簡単、しかもおいしすぎる! そんな「塩丸いか」を南信在住ライターの私が実際に調理してみました。私の暮らす町では、どのスーパーにも必ず「塩丸いか」が置かれており、いつでも手軽に購入できます。
袋から出したところ。胴体に足がぎゅうぎゅうに詰め込まれています。
見た目ではあまりわかりませんが、強烈な塩味がついておりそのまま食べるのは絶対に不可能。おいしく食べられるかどうかは「塩抜き加減」にかかっています。水洗い後、お好みの大きさにカットし(カットせず丸のままでも可)、ボウルに水を溜めて塩抜きをします。塩抜きの時間は、人によって「20分」「1時間」「一晩置く」などまちまち。塩辛すぎてもダメですが、抜きすぎてもおいしくないですし、商品によっても差があるため、結局のところ「少し食べてみながら好みのところまで塩を抜く」のが正解といえそうです。
塩抜き後の調理は簡単。カットしたきゅうりを加えてそのまま和え物にしてもよし、わかめ、酢、砂糖を加えて酢の物にするのもよし。イカに塩分がしっかり含まれているため、味付けは少量でOKです。私が好きなのは「マヨネーズ和え」。こちらも材料を切って少量のマヨネーズと和えるだけの簡単メニュー。忙しい主婦の強い味方です。生のイカ、茹でイカとも異なる、塩丸いかの独特の弾力ときゅうりの食感が絶妙にマッチします。
また、知り合いの居酒屋さんから教わったのが「塩丸いか揚げ」。こちらも、塩抜きをした塩丸いかに片栗粉をまぶし、油で揚げるだけの簡単調理、なのに激ウマ。揚げることで塩丸いかの食感が変わり弾力が増します。ほどよい塩加減と香ばしさも秀逸で、ついつい食べる手が止まらなくなるおいしさです。
さてこの塩丸いか、表書きには堂々と「信州の味」との文字が。
しかし裏面を見ると、製造元は福井県福井市の山下水産有限会社と明記されています。
添加物は一切用いず昔ながらの味を受け継ぎ、長野県内に多くの塩丸いかを出荷しているという山下水産有限会社。社長の山下泰彦さんにお話をうかがいました。
ー 塩丸いかはそのほとんどが長野県で消費されていると聞いたことがありますが本当ですか?
山下さん そうですね。当社で製造した商品も、およそ90パーセントが長野県へ出荷されています。
ー 地元の福井県では食べられていないのでしょうか。
山下さん ほとんど食べられていませんね。
ー 長野県へ塩丸いかが流通するようになったきっかけはご存知でしょうか。
山下さん 海のない県に海産物を届けるため、イカのお腹に塩を詰めて日持ちするよう加工し、物流が始まったと聞いています。当時はイカも貴重でしたが、お腹の中に詰められた塩も重宝されていたようです。
ー 長野県の郷土食として愛されていることについてどう思われますか?
山下さん 当社が塩丸いかの加工を始めたのは1983年前後からですが、地元ではほとんど食べられていない塩丸いかを、長野県の皆様にこうして長年にわたって食べていただいていることに心から感謝しています。
ーありがとうございました。
山下さんのコメントにもあるとおり、福井県では新鮮な魚介類がいつでも手に入るため、昔から塩丸いかが食べられることはほとんどなかったそう。長野県は海なし県ですが、だからこそ県民の海への憧れは強く、古来より遠い海から届く海産物を大切に味わってきました。塩丸いかはまさに、そんな長野県だからこそ定着した「海の幸」。後世へ残していきたい、大切なふるさとの味わいなのです。